〜補足〜
深読みは必要なこともあります。
前回では「深読み」が勘違いであるケースが多いことを書きました。
今回は、誤解を招かないようにこれの補足説明をします。
はっきり言いますけど、ワタシは「深読み」することを否定してるワケじゃないンですよ。
あしからず。
場合によっては、深読みは絶対に必要ですし、なんといっても知的好奇心をくすぐる。
これが楽しいワケですよ。
童話じゃないですけど、小説「ドンキホーテ」[注1]を例に深読みの肯定例を見てみましょう。
「ドンキホーテ」というのは、没落騎士の主人公ドンキホーテが
風車を竜と勘違いして突っ込んで行く[注2]っていう話ですね。
でもじつはこの物語、「三十年戦争」[注3]が勃発することが遠回しに書かれてたそうです。
作者のセルバンテスという人は、もともと諷刺が得意だったらしく、
「ドンキホーテ」をちゃんと「深読み」することなしでは
この作品の中に書かれた諷刺は理解できない[注4]仕組みになっているのです。
とくにドストエフスキー[注5]の小説「罪と罰」[注6]なんかは
深読みすれば深読みするほどおもしろくなってくる作品です。
時代背景だとか、登場人物の名前の由来だとか、
そういったものをしゃぶり尽くしたくなるくらい、深読みがおもしろいンです。
もう、深読み万歳。
ジーク深読みって感じです。
でも、ここで大切なのは深読みの仕方は誤っちゃいけないってこと。
物語背景を読み解くにあたって、誇大解釈しないように注意しなけりゃいけないってことです。
「童話『浦島太郎』の中では、アインシュタイン[注7]の相対性理論[注8]を予言されていたッ!」ってのを聞いたことがあります。
浦島太郎を乗せた亀が、光を超える速度で移動していたと考えれば
時間の流れが変わるという解釈でございます。
これなんかは、まさに誇大解釈のいい例です。
こじつけって言ったほうが正しいかもしれませんね。
だいたい想像力をはたらかせれば、時間旅行の物語なんて書くことができると思います。
いやー、人間の想像力って冷静に見るとおもしろいですわよ。
火星人なんかタコですよ、タコ。
きっと火星人の口って多分、足のつけねにはないンでしょうね。
スミを吐く部分で喋るンでしょうね。
UFOなんかは円盤です。
そんなもンに乗ってたら目が回ります。酔います。ゲロ吐きます。
それじゃ、予言ついでに、こんなのはどうでしょうか?
百人一首[注9]の中で詠まれてる歌です。
「瀬をはやみ 岩にせかかる 滝川の われても末に あわむとぞ思ふ」
この歌、川の流れが途中で分かれてもまた同じ流れになるってことを言ってるンです。
これをさらに解釈していくと
分かれてから合流するまでの距離も違うってことですね。
これが飛行機の飛ぶ原理である「ベルヌーイの定理[注10]」を予言してるという解釈も可能になります。
ということは・・・
「百人一首は飛行機が誕生することを予言してたッ。百人一首は科学の予言書だったッ。」とか言われそうですね。
こんな話は聞いたことがありませんけど。
深読みは、誇大解釈すると確実に読み違えます。
ですが、長編小説を深読みするのと、童話などのショートストーリーを深読みするのとでは、
後者の方が圧倒的に読み違えるケースが多いわけです。
なぜなら、物語や登場人物が少ないゆえにひとつのオブジェクト(=モノ)から
必要以上に意味を求めたくなるからです。
「木を見て森を見ず」っていうコトバがありますけど、
童話の読み違えは、例えるならば「木を見て樹海と言う」って感じでしょうか。
情報が限られているほど、想像する余地は大きくなってくるのですから。
それじゃ、次回は「童話が深読みされる理由」について
考察することにしてみましょう。
[注1]ドンキホーテ:
スペインの作家セルバンテス(1547〜1616)の長編小説。
とりあえず作者の名前と、召使いがサンチョ=パンサという名前で
馬の名前がロシナンテってことを知っていればインテリっぽく振る舞えます(経験者談)。
[注2]突っ込んで行く:
このエピソード(だけ)が有名です。マンガや小説にもよく引用されます。
でも他のエピソードは聞いたことありません。何故なんでしょう?
多分、引用する人も「ドンキホーテ」本編を読んだことないからだと思います。
ワタシも当然その1人。
[注3]三十年戦争:
1618〜48の間、ドイツを中心に行われた戦争。
本当に30年間も戦争をしていたあたりが素直でいいが、そのぶん対立関係がすごくややこしい。
世界史の授業でも登場するので受験生を本当に困らせます。
ちなみにこの戦争を機に、ドイツは辺境諸国に分裂しました。
グリム兄は、この分裂したドイツを言語で統一しようとしていたのです(第2回目参照)。
[注4]理解できない:
(名前だけは)こんなにメジャーな小説も、じつは日本語に訳した人は最近まで2人しかいませんでした。
その原因に、原作の文章がすごく難解なことが挙げられます。
意味が理解できないのに日本語に訳そうとした結果、
「ドンキホーテ」の日本語訳は、さらにわけのわからないものになったそうです。
ということは・・・理解しろと言われても困りますね。
あ、だから名前(と風車に突進するのエピソード)だけが有名なんだ、なっとく。
[注5]ドストエフスキー:
1821〜1881。ロシアが誇る小説家。
代表作は「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」「白痴」「悪霊」など。どの作品も難しい。ややこしい。
頭はいい反面、金遣いの荒いギャンブル狂だったとか。
[注6]罪と罰:
貧乏学生ラスコーリニコフが
「天才は世の中を正すためなら人を殺してもかまわない」という
エキセントリックな思想に乗っ取って、金貸し老婆を殺害するという話。
物語の内容は決して複雑ではないが、
登場人物が多く、人間関係も複雑で、さらに登場人物の台詞が難解ゆえに
(教養のない身分の人間がイキナリ哲学のことを語り出す、など)非常に読みづらい小説。
物語序盤で、主人公の母から手紙が届くのだが、
数十ページ間、まったく段落無しで、延々とどうでもいいことが綴られているのはさすがに圧巻。
ほとんどの人は、このクソつまらない母の手紙のシーンで挫折する。
読みやすさを優先するのなら、話の内容は多少異なりますが、
手塚治虫版「罪と罰」のほうが圧倒的にオススメです。
[注7]アインシュタイン:
1879〜1955。20世紀を代表する物理学者。
彼の提唱した相対性理論は、ワタシのアタマでは理解できません。
したがって、詳しい内容は割愛。
とりえず、20世紀の偉人ベスト3に入る人物なのは事実。
[注8]相対性理論:
特殊相対性理論と一般相対性理論の総称。
ここで言っているのは
光の速さに近づくにつれて時間の流れが遅くなるという現象、らしい。
が、この本が初めて日本に入ってきたときは、
「相対する性の理論」の本、つまりハウツーセックスの本と勘違いされたらしい。ホンマかいな。
[注9]百人一首:
百人の歌人の和歌を一首ずつ集めた物、らしい。
余談だが、ワタシが高校のとき最も苦手だった科目は古典です。
よって古典の知識が皆無です。じゃあわざわざ注釈をつけるなって。ごめんなさい。
[注10]ベルヌーイの定理:
スイスの物理学者ダニエル=ベルヌーイによって提唱された、流体の運動エネルギー保存の法則。
ここで書かれてる「飛行機が飛ぶ原理」というのは、わかりやすく言うと気流が浮力を生み出すということ。
ちなみに工学部の大学院に行ってる友人に「ベルヌーイの定理」の理屈を教えてもらおうとしましたが、
まったく理解できませんでした。
今となっては、「伊東家の食卓」にやたらと登場するので知ってる人も多いはず。