〜第3回目〜
出版物は強い。初版はさらに強い。




もともとドイツは口頭文化の国でした。
ゲルマンの民は昔から口頭に重点を置いていたようです。

ルター
[注1]が聖書を翻訳したのが1522年。
それをきっかけに
(補足1)、文字は口頭を上回る重要な伝達手段になりました。
それでも庶民は文字とはあまり縁のない生活を送ってたので、
物語を子孫に伝えようと思ったら、やっぱり「口頭伝承」というカタチがもっともメジャーだったんでしょう。
実際、グリム童話に収録された物語の3/4が口頭伝承によるものであり、
残りの1/4は文献によるものでありることは前回お話した通りでございます。

それにしても・・・。
どうして初版グリム童話が「残酷だァ〜ッ!」と槍玉に揚げられるのでしょうか?
そのいろいろ理由にはいろいろあると思います。
イソップ物語よりもグリム童話のほうが慣れ親しんでいるので売れる、といった商売上の理由もあるでしょう。


でも今回は別の視点から
「初版グリムは残酷だ」とされる理由を考えましょう。

みなさんは「ドラえもん」の結末を知ってますか?
「じつはのび太は植物人間だった」というアレです。
でもコレって都市伝説なんです。
都市伝説って言われてもピンと来ないかもしれませんが、
社会現象にもなった「口裂け女」や「人面魚
[注2]」と同程度の噂話だってことです。

「のび太植物人間説」っていうのは未だに信じられています
[注3]
口裂け女や人面魚は死語だっていうのに。
何故なんでしょ?
その理由のひとつとして考えられるのは、「ドラえもん」という出版物が存在するからです。
口裂け女に人面魚は、存在しているという確証がなかったために
噂話にとどまったワケなんですね。

出版物の権力って強いンですよ。ムチャクチャに。
それは歴史上でも証明されています。


たとえば「新約聖書
[注4]」がそうですね。
新約聖書が誕生したのは四世紀のことだと言われています。
しかし、キリスト
[注5]が活躍したのは一世紀前半。
ということは、聖書はキリストの死後300年も経ってから誕生したことになります。

御存知のとおり、キリストは迫害されて処刑されました。
それでもキリストの弟子だった使徒
[注6]
地道な布教活動を続けました。
そんなキリスト教も、後にローマ帝国
[注7]の国教になります。
あのデカイ帝国の国教ですよ?
「ローマの法律で決まったことだから」と言ってしまえばそれまでですが、
これに最も貢献したのが「新約聖書」だったのです。
「新約聖書」というバイブルが出来上がったことにより、
うさんくさい教徒の説教よりもありがたく、そして説得力が現れたのです。
そして、バイブルはキリストの教えという「出版物としての権力」を持ったワケなんです。

「ペンは剣より強し
[注8]」なんてことわざがありますね。
まさしくコレです。

出版物という形を持ったことにより
グリム童話は「グリム童話」としての実存のカタチを得ました。
つまり「グリム童話という本」として存在したワケです。
これが「バッシングされる標的」にもなったンですね。
さらに「初版」というオリジナルの権力があるから
そのぶんバッシングのされかたも強力になっていったのでしょう。


今回のポイント

   出版物の権力は強いです。  
   初版はそのオリジナルだから、もっと強いです。   
   でもオリジナルがそんなにアリガタイものかというと   
   そうでもないような気がするンですけど。

     [注1]ルター:
        1483〜1546。ドイツの宗教改革者。
        といっても思想家ではなくて、宗教学校の先生。
        宗教に基づいた教育の視点から、「金で罪は許される」という免罪符制度は理屈としておかしいと、
        1517年に95か条から成る抗議書を公表。
        これによって教皇から破門を受けた。
        1522年、ラテン語で書かれていた聖書を、庶民でも読めるドイツ語に翻訳した。
        詳しくは補足を参照。
     [注2]人面魚:
        最近は某ゲームのおかげで再び有名になりましたね。欲しいです。
     [注3]信じられています:
        ドラえもんの結末を読んだことがある人、ぜひご連絡ください。
        マジで読んでみたいんです。
     [注4]新約聖書:
        キリスト教の経典。旧約聖書とともに「バイブル」と呼ばれる。
        マルコ、マタイ、ルカ福音書など4つの福音書、使徒行法、
        パウロの手紙、ヨハネ黙示録など、計27の文書からなる。
        街を歩いていると、たまに貰えることがある。ワタシは1ページ読んだだけで挫折しました。
     [注5]キリスト:
        イエス=キリストのこと。えらい人。
     [注6]使徒:
        キリストが福音を伝えるために選んだ弟子。
        ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、
        トマス、マタイ、アルファイの子ヤコブ、タダイ、シモン。そしてユダ。
        サキエルとかカヲル君って答えた人、それは違います。
     [注7]ローマ帝国:
        西洋古代最大の帝国。
        「イタリア半島ティベル川の河口に、エトルリア人が紀元前7世紀頃に建国。
        最盛期の領土は北はイギリス、南はアフリカ地中海沿岸、
        東は小アジア、西はイベリア半島にも及んだ」と説明するよりも、
        「1日にしてならず」と説明した方が楽。
     [注8]ペンは剣より強し:
        その昔、月刊少年ジャンプで連載してた「闇狩人」というマンガでは、
        ペンを武器に剣と戦うシーンがあったような気がする。
        ・・・ではなく、言論の威力は武力よりも強い(ことがある)という意味。


     (補足1)それをきっかけに
         世界史の教科書では「ルターは聖書をドイツ語に訳した」としか書かれませんが、
        この事実が何故に改革的だったかというと、
        「一般人にも聖書が読める権利が与えられた」ことを意味するからです。
         ルターが聖書を翻訳するまで、聖書は何語で書かれてたかというとラテン語。
        ラテン語とは、ローマ帝国(紀元前7世紀頃〜395年)の公用語のことであり、
        中世以降は学術(宗教も含む)語としてしか使われなくなった死語もであります。
        つまり中世以降、ラテン語とは、
        教育を受けられる身分=王侯貴族や聖職者のみが読解できる言語であり、一般人には理解できないものなのでした。
         キリストの教えは一般にも浸透しておりましたが、
        それはあくまでラテン語を読める神父さんが、一般人にもわかるように口頭で伝えたもの。
        たとえば、これまでのドイツの場合なら、
        ラテン語で書かれてある聖書の内容を、ドイツ語で読み聞かせてたとワケです。
        つまり、神父さんは聖書の通訳をしてたってことですね。
         で、これの何が問題なのか言いますと、
        通訳係の神父さんの意思で、聖書の内容を違うように伝えることが可能ッ!ってこと。
        当時、キリスト教教会でいちばんえらいひとは「教皇」と呼ばれ、政治的権力も持ってました。
        したがって、聖書に書かれてあることが支配者にとって都合の悪いものだったら、
        その部分を捻じ曲げて民衆に伝わるように細工することもできたのです(往年の「ニュースステーション」みたいやね)。
        それは、支配者が民衆をコントロールするための道具として、
        宗教を利用したり、教義を捏造したりすることができたということなのです。
         もともとドイツは口頭文化ではありますが、
        ドイツ語=ドイツで「話されていた言葉」の文字が存在しなかった訳ではありません
        (当時のドイツがどれくらいの識字率だったのかは、資料がないので何とも言えませんが)。
        ごく一部の者(=権力者)にしか読めなかった聖書の「本当の内容」が
        一般人にも正しく伝わるようになったことは、支配者にとっては非常に都合の悪いことだったのです。
         蛇足ではありますが、ルターが聖書を翻訳したことで
        ドイツ人の識字率は大幅にアップしたそうです。