〜第2回目〜
そもそも「グリム童話」って何?



そもそも「グリム童話」って何なんでしょうか?
マニアック
[注1]な話題ですけど、今回はそれを考えてみましょう。

それでは最初に、グリム童話が書かれた時代背景を見てみることにしましょう。
グリム童話が出版されたのは1812年のできごと。
この年には、フランス皇帝のナポレオン
[注2]がロシア遠征する年です。
で、有名な「冬将軍」ことロシアの過酷な冬の気候に滅多打ちにされたあげく、見事に惨敗する年でもあります。
このロシア遠征の失敗を機に、ナポレオンはどんどん堕ちていくのです。

つっても、当時のドイツは
さかのぼること6年前の1806年に、ナポレオン率いるフランス軍によってすでに占領されておりました。
ドイツはフランスの領土になってしまってたンですね。
難儀な時代でした。

 占領されてしまったドイツ。
戦争に負けて支配されてしまうってのは、そりゃあもう大変です。
よその国から役人が派遣され、そりゃあもう好き放題されまくり。
支配してるほうにすりゃ天国かもしれませんが、支配されてる方はたまりません。
そこでドイツのインテリ
[注3]たちは、自分の国を占領したフランスに対して
どうにかして抵抗すべくアンダーグラウンドで立ち上がる決心をしたのです。
その方法が、スゴイ。
ドイツのインテリたちがとった抵抗手段ってのは、こんなのでした。


「ドイツの地に伝わる昔話を出版して、人々のドイツ魂[注4]をかき立てる。」


・・・スケールがでかいのか小さいのかよくわからないですね。
さすがはインテリ。
ワタシのような凡人には思いつかないことをやってくれます。
もともと言語学者だったグリム兄は、
「ドイツを統一するのに必要なのは言語文化だッ」って本気で語っておりました。
アホみたいな話ですけど本当です。

そこでドイツ魂を一致団結させるべく、
グリム兄弟はドイツに伝わる物語を集めて「ドイツ昔話」という内容の本を出版することにします。
「ドイツ昔話」をドイツ国民に知ってもらい、それでドイツ魂を燃え上がらせようと考えたのです。
フランスと戦うためにドイツ国民の心をひとつにし、
そして必殺「ゲルマンアタック」でフランスにリベンジするのだッ。
そんな思いが、グリム兄弟を物語の編集という行動へと突き動かしたのです。
そして誕生したのが「グリム童話」なのです。
スゴイぞ、グリム兄弟ッ!!

ところがどっこい、
グリム童話に収録された物語の1/4は、「中世から伝わる文献」に基づくものだったそうです。
つまり内容の1/4は、古い本から書き写しただけの物語だったんですね。
例えるならば、レポートを書くとき本を丸写しにする大学生みたいなものかと。
必殺技「ゲルマンアタック」を生み出すためにグリム兄弟がとった行動ってのが、
「レポート丸写し」の大学生と同じだとは・・・。
手抜きです。

じゃあ残りの3/4はどうやって集めたかというと、
やっぱりここでもグリム兄弟は手を抜いています。
やはりグリム兄弟も人の子ということでしょうか。
このエピソードは、だいたいこんな感じです。

あるところに、ハッセンプルク家ってところのお嬢様が、兄弟の知り合いにおりました。
このお嬢様、いろんな昔話を知っておりました。
グリム兄弟は、お嬢様の語る昔話を熱心に聞き、
それを編集していきましたとさ。     おわり

・・・そう。
そのお嬢様が語る昔話が残りの3/4なのでした。
「ドイツの物語を集めるッ。」なんてたいそうなことを言っておきながら、
グリム兄弟はかーなり手を抜いた物語収集をしていたのですね。


そんな手抜き活動によって集められた物語は、「グリム童話集」として世にデビュー致します。
嗚呼、祖国ドイツは異国フランスによって支配されてしまった。
しかし、我々の土地には昔から伝わる物語がたくさんある。
それはドイツの歴史。
さぁ立て、国民よ。
「グリム童話集」を手にし、いまこそ必殺「ゲルマンアタック」で、フランス軍を打ち破るのだ。
「グリム童話集」は、熱いゲルマンスピリッツのエッセンスが詰まった本。
これさえあれば百人力。
・・・しかし実際は手抜きの本。

・・・ちょっと頼りないです。


さぁ、そんな手抜き行為によって集められた「グリム童話集」には
ドイツ魂を起こすだけのパワーがあったのでしょうか?
答えはもちろん「ノー」でございます。

古い文献に頼って集めた物語っていうのは
困ったことに必ずしも「ドイツに伝わる物語」とは限らないワケですし、
さらに驚くことに、物語収集の大部分に貢献したハッセンプルク家っていうのがユグノー
[注5]の子孫、
つまりフランス人の子孫なのでした。
グリム兄弟は「本場ドイツの物語」を集めるつもりだったのに
手抜きのせいで、憎き「フランスの物語」も収録してしまってたンですね。
当然の結果でございます。
そのくせ初版の冒頭には
「生粋のドイツの物語を集めた」などと書いております。
確信犯です。
プレステ2もビックリです
(補足1)

グリム童話に収録されてる「赤ずきんちゃん」や「シンデレラ」は
グリム童話より先にフランスで出版された「ペロー童話集
[注6]」にも似たような話が収録されてます。
ですから、ハッセンプルクの先祖が「ペロー童話集」を読んでて、
それを口頭で子孫に伝え、グリム兄弟の知り合いだったお嬢様が
「ペロー童話集」を「ドイツの物語」として語った、なーんてことも充分ありえるのです。
フランスの物語が口頭でドイツに広がった、なんて可能性も考えられますね。


昔話のルーツを探って行くと、どこに始まりがあるかなんかは
ぶっちゃけたハナシ、わかんなくなっちゃうワケなんですよ。
つまり、グリム兄弟が目指した「本場ドイツのオリジナルの物語」なんてモノは、
ハナから存在しなかった、ってことです。
グリム兄弟も、それくらいのことにゃ気づいてたンでしょう。

グリム兄弟の目的は「ドイツを言語で統一する」っていうことであって、
ドイツの言語で書かれた物語なら、フランス産の物語だろうが関係なかったのかもしれません。
それに、たとえそれがフランスのものだろうが、
ドイツで語られた物語が、「ドイツの物語」と認識されればオッケーだったのかもしれません。
なんか輸入牛と国産牛の関係
(補足2)みたいですね。

ちなみにグリム童話が改訂されていった理由なんですけど、
それについてはやっぱり「フランス産の物語だったから」というのが大部分です。
たとえば「長靴をはいた猫
[注7]」や「青髭[注8]」っていう物語は
まんまペロー童話集の物語だったので、第2版の段階でカットされたそうな。

しっかしそんなことしてたら、どんどん物語がカットされていくことになります。
どこにルーツがあるかどうかわからん物語が、
「フランスのものっぽい」という理由だけで削られたら、なーんにもなくなっちゃうでしょうから。

そこでグリム兄弟は「物語に脚色する」という手段を取りました。
脚色することで「オリジナルな物語」に仕立て上げようとしたのかもしれませんね。
ついでに、もともと初版には
「文章に飾り気がない」とか「残酷な内容にも解釈できる」っていう批判もあり、
オリジナルな物語を作り出すことはグリム兄弟にとって一石二鳥だったのです。
オイシイぞ、グリム兄弟!!

あ、ここ注意ポイントがひとつ。
グリム初版に寄せられた批判には、たしかに「残酷な内容にも解釈できる」というのがありましたが、
けっしてそれは「物語の内容が残酷だ」という批判ではありませんでした。
これについては、また今度・・・。

それじゃ、次回は「どうして初版にこだわるのか?」について見ていきましょう。



今回のポイント

    グリム童話が改訂されていった理由。
     その1.「フランス産の物語だったことがバレた。」  
     その2.「物語をアレンジする必要があった。」   

    [注1]マニアック:
       「狂人の〜」の意。転じて「オタッキーな〜」という意味。
       たまに「ボクはオタクじゃない。マニアだ。」と主張する人がいますが、
       どちらもそう変わったもんじゃないと思います。
       似たような言葉で「フリーク」ってのもありますね。   
    [注2]ナポレオン:
       コルシカ島生まれ。フランス革命に参加し、後にフランス皇帝になる。
       とにかくスゴイ人。
       ダラダラ説明するよりも「1日に3時間しか寝なかった人」とか
       「辞書に不可能という文字が載っていない人」と言ったほうがわかりやすい。
    [注3]インテリ:
       インテリゲンチャの略。知識階層のこと。要するに賢い人。
       「この世はここが悪い」って言ってるわりには直接行動しないのが特徴。
       糸井重里の「インテリゲンちゃんの夏休み」というコピーが有名。
    [注4]ドイツ魂:
       愛国心のこと。「大和魂」があるのなら、こういう言葉があってもいいと思う。
       「ゲルマン精神」と同じ意味。
       ちなみにこの時代は「ドイツ」という国はありません。
       その実態は周辺諸国の集合体でしたが、わかりやすく「ドイツ」と表現しています。
       あしからず。
    [注5]ユグノー:
       プロテスタント教徒はフランスでこう呼ばれた。
       当時のプロテスタントは異教徒とみなされ、弾圧がひどかったので国外に亡命する者も多かった。
       世界史ではイヤというほど出てくる単語。 
    [注6]ペロー童話集:
       フランスのペロー(1628〜1703)という人が収集した民間説話集。
       「あかずきんちゃん」「シンデレラ」「長靴をはいた猫」「青髭」などがある。
    [注7]長靴をはいた猫:
       物語の内容よりも、ファミコンのク○ゲーだったことのほうが有名。
    [注8]青髭:
       奥さんをバッタバッタと殺していく旦那が主人公の痛快冒険活劇(ウソ)。


    (補足1)プレステ2もビックリ:
       この文章が書かれたときは、プレステ2が発売されたばかりでした。
       初期ロットのプレステ2は、DVDの再生機能でリージョンコードを無視するという欠陥が問題になったが、
       これを知ったDVDマニアは狂喜乱舞。初期ロットのプレステ2は高額で取引されることになったそうな。
       ちなみにリージョンコードを無視できる仕様は、ソニーの確信犯であるというが定説である。

    (補足2)輸入牛と国産牛の関係:
       この文章が書かれたときは、国内で狂牛病の感染が見つかる以前のことでした。
       この頃の国産牛の法的定義は、現在よりも非常にユルユルで
       「輸入した牛肉でも国内で2週間ストックさせれば、国産牛と表記して良い」
       「輸入牛を国内で加工すれば、表記上では国産牛になる」などというものでした。