第5回 汎神論で武器のカスタマイズ。
錬金術で「イデアな物質」とされた黄金ですが、
「そもそも金とはなんぞや?」と思い、辞書で調べたらだいたいこんな感じで書かれていました。
元素記号An、元素番号74、元素量197.0
産出の少ないこと、光輝の美麗なことで貴金属の随一とされ、 貨幣・装飾品に用いられる。
俗語で睾丸の意。きんたま。
・・・イキナリ下ネタで始まりましたが気になさらないで下さい。
黄金が「イデアな物質」とされた理由は、
美しくて錆びない、延性がある、そして何よりも希少価値があるという数々のナイスな条件があったからです。。
世の中価値のあるものはたくさんあると思いますが、
そういうものに共通する特徴はどれも見た目が美しいということです。
そして美しいから魅力的でなんらかのチカラを持っているとされたのです。
宝石などパワーストーンと呼ばれるものもそうですね。
ルビーやらアクアマリンやらアメジストやらに神秘的な力が宿ってるとされいていますね。
こういう考えのルーツは汎神論(万物には神や魂が宿っているという考え方)にあります。
この汎神論に言わせれば、
既存の宗教は堅苦しい教義と形式にすぎない儀礼によって成り立っているだけだ、です
(ですから汎神論を唱える哲学者には、特定宗教を信じないが無神論者ではない人が多かった。
聖書は一字一句まで神の霊感に満ちているとされていますけども、
そういうところとはまた違ったところに神の存在を見出しているのです)。
汎神論の代表的かつゲーム的な例には「マナイズム」というのがありまして、
自然のチカラに魂があるとする考え方です。
第1回目では自然の脅威が宗教を生み出したことを書きましたけども、
マナイズムは自然そのものに魂があるという点で、一般の宗教とは微妙に異なります。
が、宝石といった「美しいもの」自体にチカラが宿るという考え方は、
マナイズムよりもずっと単純・ストレートでわかりやすいです。
RPGの攻略本なんかに
アイテムのイラストなんかが描かれているじゃないですか。
武器なんかのイラストを見てて、ずーっと前から疑問に感じてたことがあります。
どーして強い武器は、こんなに派手なンだ?と。
ま、現実世界で「強い武器」っていいますと、刃物に限定させていただけば
ぶっちゃけたハナシ、切れ味が良くって丈夫なものなんですね
(オカルト雑誌には、アーサー王の聖剣エクスカリバーは
「地球に存在しない物質が含まれていることが判明した!」とか書かれてありましたけど)。
まぁそれはさておき、
「強い武器」とは殺傷能力が高い武器であります。
要するに、切れ味が良くって強いベクトルを持っているものだと言えます。
「カムイ伝」の作者である白土三平は、
「鉛製の手裏剣が最も殺傷能力が高い」と言っていました。
その理由は、鉛が他の金属と比べて重いから、です。
要するに重いほうがベクトルが強力になるワケですね。
弾丸が鉛製なのも、これと同じ理屈です。
ですが手裏剣や弾丸はあくまで消耗品。
接近戦の武器には、「切れ味」や「重さ」のほかに「丈夫でなければならない」という条件が必要です。
鉛はもろいし錆びやすい物質なので、
そんなもので剣を作ったあかつきには、もう刃こぼれしまくりで大変です。
「人間の歴史は戦争の歴史」なんて言葉がありますが、
「戦争の歴史は武器の歴史」って言い方もできます。
第1次世界大戦を例に挙げますと、
ナポレオンの時代まで主流だった騎兵戦法に対抗するために銃撃戦が採用され、
銃撃を避けるために塹壕(穴を掘り進めて敵陣に乗り込む)戦が開発され、
そんな塹壕に対抗するべく農耕車を改造した戦車が登場し、
そういったものを無視して攻撃できる毒ガス兵器や爆撃機を作ったり、という感じです。
「風が吹けば桶屋が儲かる」ではありませんが、
歴史のプロセスには、ちゃんとした段階があるものです。
話が脱線しましたが、人間の歴史を象徴する戦争の必需品である武器には、
「強くて耐久性がある」ことに加えて「生産しやすい(量産できる)」ことが条件なのです。
おそらく人間が最初に手にした武器は石ころなんでしょうが、それを加工してたのが石器時代です
(関係ないけど、歴史の教科書によく載ってる石器の斧は、
ツルツルの磨製石器より、ゴツゴツした打製石器の斧のほうが強そうに見えるのはワタシだけでしょうか?)。
が、石はどうしても磨耗するものですから
石よりも耐久性の高い金属を扱う青銅器時代、鉄器時代に突入します
(日本の場合は、青銅器と鉄器がほぼ同時期に普及したので、
青銅器時代と呼べる時代は存在しませんが、
銅にスズを混ぜて作った青銅は、普通の銅と比べるとそりゃあもう画期的なものでした。
「銅剣では丸太は切れぬが、青銅の剣ならまっぷたつに切れる」という記録も残っているそうな。
そういえば、宝剣「草薙の剣」も青銅製だったそうです)。
で、銅・鉄ときて次は何かと聞かれたら、ドラクエ式で言うとやっぱり鋼(はがね)でしょう。
鋼は、鉄に20%以下の炭素を化合した合金で、
熱処理によって性質を著しく変化させられるという特徴を持っています。
これが何を意味するかと言いますと、鍛えられるということです。
鍛冶屋がカンカンと叩いているアレですね。
日本刀の話になりますが、「菊一文字」や「虎徹」が名刀たる所以は、
「丈夫で錆びにくく、刃こぼれしにくい」という点にあったのです。
銅→青銅→鉄→鋼の次に強力な素材と言えば、
RPG的常識で考えますと、銀がやってきます。
しかし生産効率はもちろんのこと、素材的強度では
実は銀よりも鋼のほうが強力なのです。
では、どうして銀のほうが鋼よりランクが上なのでしょうか?
その疑問を読み解くカギが、先に書いたパワーストーンにあります。
パワーストーンには、なんらかの霊的なチカラが宿っています。
それと同じように銀にも悪霊を退ける聖なるチカラが宿っているとされているのです。
物理的な視点で見ればたしかに鋼のほうが強力ですが、
銀には鋼にはない超自然的なパワーが存在するのから銀のほうが強いと言えるのです。
つまり、おそらく素材的には最強の鋼よりも強い武器を作ろうと思ったら、
なんかのパワーを利用する以外に方法はないとも言えます。
強力な武器のイラストが派手なのには、
見た目が強そうでなければならないという理由のほかに
パワーストーンが埋め込まれているという事実があったのです。
・・・と、こんなことを書くと妄想に走りすぎてるような感がありますが、
歴史的に見ても武器に霊的なパワーを宿らせた事実が存在します。
それは、十字軍遠征です。
十字軍遠征とは、11世紀後半から13世紀後半に至るまで
7回にわたって行われたイスラム教徒討伐の戦いです。
キリスト教の聖地エルサレムを、異教イスラム教の手から奪還することが目的でした。
まぁ、神の名を語った侵略戦争のようなものです。
その兵士たちは、もちろんキリスト教徒なワケですけども、
キリスト教には「無駄な殺生をしてはならない」という教えがあるため、
剣などを身につけてはいけないことになっています。
しかし十字架の形さえしていればオッケーで、教義に逆らっていないことになります。
「十字架の形をした剣は神の力が宿っているので、
異教徒を滅ぼす聖戦のためなら使用を認める」とのことです。
言い訳くさいです。カバチタレまくりです。
ともかく強力な武器っていうのは
物理的攻撃力とはまた違ったパワーを持っていて、
その根源は武器の形状やパワーストーンなどの装飾品にあるワケです。
これを応用すれば、パワーストーンを交換することによって
様々な武器をカスタマイズすることもできる・・・
・・・これって「FF7」のマテリアシステムそのまんまじゃないですか。
神羅カンパニーバンザーイ!!ウォー!!(オチなし)
結論:RPGでの武器の強さは、
最終的には「どれだけ超自然的なパワーを持っているか?」である。
〜余談〜
今回は、えらく深読みをしましたけども、
そういう設定深読みすることは、じつはとっても無駄なことでもあります。
一例として「HPの定義」について考えてみましょう?
1ダメージを「針で刺された程度」としましょう。
HPが残り1ポイントしかない状態とは瀕死の状態であります。
しかし、瀕死の重体でヒーヒー言ってる人に針をプスリと刺したら死にますか?
たぶん何も起こりません。
あくまでゲームは、状態を数値として割り切っているから成り立っているのです。
「鋼の剣」よりも強い武器は「魔法系の武器」だと書きましたが、
現実世界ではこういったチカラは数値化されにくいものです。
それを敢えて数値化しているからこそ、我々は伝説の武器のありがたみを感じることができるのです。