第4回 ビバ錬金術。

 今回は「錬金術」のお話です。
・・・が、イキナリで申し訳ないンですけども、
錬金術に関して書かれた本ってのは
かなり少ないです。
でっかい本屋で探しましたけども見つかりませんし、
かと言って大学の図書館なんかに行けば相当難しい学術書になってしまうという
どうやら錬金術ってのはそういう面倒くさいジャンルみたいです。
ですので、今回は大学1年の頃の哲学担当の教授が書いた
「『キッチン』のテクストで<家族>を考える」という論文と、
数年前に現役京大生が書いたということで話題になった
芥川賞受賞作品の小説「日蝕」を参考文献にして書かせていただきます。

 さぁ、さっそく書く内容に詰まってしまったので、
辞書で「錬金術」について調べてみます。
おーおー、ありました。
要約すると、こんな感じになります。
「古代エジプトで起こり、アラビアを経てヨーロッパに伝わった原始化学。
卑金属を
黄金に変化させたり、不老不死の薬を作ることを試みた。」
・・・だそうです。

 そんな錬金術の重要キーワードになるのが、
哲学上マイナー部類に属する「
四大元素」です。
ギリシアで誕生したこの四大元素の思想は、アラビアに流れて
ミョーな解釈をされました。
それと化学がミックスされて錬金術なる学問が成立したのです。

 さて、ここで問題。
四大元素はアラビアにて、どのようにミョーな解釈をされたのでしょうか?
本来、四大元素は火・水・土・風のことであり、
この世に存在する様々な物質はこれらの元素が
いろんな比率でブレンドされたものであるという考えです。
しかし、錬金術は何をどう勘違いしたのやら
この世には5つめの元素が存在する」と決めつけてしまったのです。
つまり答えは、フィフスエレメントってやつを生み出したことなンですね。

 火・水・土・風以外の「5つめの元素」っていうのは何だと思いますか?
それは「ラピス・フィロソフォルム」という物質です。
日本語に訳すと「
賢者の石」あるいは「哲学者の石」と言います。ベホマラーなアレです。
錬金術の当初の目的は、四元素からなる物質から
どうにかして黄金を作り出すということでした。
それが次第に、
哲学的なものになっていって考え出されたものが
「賢者の石」の存在だったのです。

 この「賢者の石」、いったいどんなものかと言いますと
あらゆるものを黄金に変化させることができるというシロモノです。
どういうプロセスで物質が黄金になるのかと言いますと、
賢者の石によって、あらゆる物質はイデアの状態になる」・・・だそうです。
つまり、錬金術にはプラトンの「
イデア論」もミックスされておりまして、
黄金はあらゆる物質のイデアだとされていたのです。
黄金が「物質のイデア」である理由が何かといいますと、皆様もうおわかりですよね?
価値があるからです。
たったそれだけの理由です。あさましいですね。

 ついでに、なぜ賢者の石がベホマラーなのかも説明いたしましょう。
賢者の石には
ありとあらゆるものを「イデア」の状態にするチカラがあるとされ、
賢者の石をなんらかの物質に使うと、「物質のイデア」である黄金に変わります。
これを人間に使ったら、もちろん「人間のイデア」になるのですが、錬金術でいう「人間のイデア」は
プラトンが考えていたような「人間のイデア=理想人間」とは
異なるのです。
べつに賢者の石を使ったからと言って、聖人君子になるというワケじゃないのです。
錬金術における人間の不完全とは
機能障害病気老いなどのことだったのです。
ですから賢者の石は、それら不完全な(
不健康な)ものをイデア(健康)にしてくれるのですね。
賢者の石に
不老不死の効果があると言われるのはそのためです。
まるで健康サンダルだ。火の鳥もビックリだ。

 ここでプラトンの考えたイデア論と
アラビアに渡ったイデア論の違いをみてみましょう。
プラトンは、
イデアを基準にしてこの世界(不完全な世界)があると考え、
イデアの世界に行くべく精進することが重要だと考えました(つまり、この世界は2次的なものだった)。
つまり、プラトンは「人間のイデア」ではなかったし、イデアを見たことなかったのです。
しかし、アラビアでは
イデアは実在すると考えられていた。
この世界に存在するものでもっとも美しいものがイデアである、というワケです。
この世の物質でいう最も美しいものは
黄金であり、
人間でいう美しいものは
若さと健康というハナシですね。
どうやらアラビア人はギリシア人と比べると、都合がよくて現金な人だったみたいです。

 さて、そんな好都合のカタマリである賢者の石は
どのようにして造ることができるとされたのでしょうか?
それを知るには、まず賢者の石がどのような物質だったのか理解する必要があります。
「第5元素である賢者の石は、火・水・土・風の四元素の始原である」らしいです。
つまり賢者の石は、4大元素の根源(イデア)であり、
4元素としての
すべての要素を持ちながらもそれらとは異なるという物質だったようです。
こういう「起源に還る」というよくわからン考えが錬金術の思想であり、
またそれを象徴しているのが「ウロボロス」という自らの尻尾を噛んで丸くなった大蛇なのです。

 物質を賢者の石にすべく、錬金術は「アタノール」と呼ばれる錬金炉なるもので行われました。
まず黒化(ニグレド)と呼ばれる燃焼過程を経て、
つぎに白化(アルベド)という生成した化合物が凝固する過程にたどり着きます。

 その後、黄化(キトリニタス)という過程に入るのですが、
これについては
硫黄・水銀理論を説明しなけりゃいけません。
従来の四元素は、哲学的硫黄と哲学的水銀という2つの原質に還元され、
硫黄と水銀は「物質」ではなく「原理」とされたようです。
四元素では、火・土が硫黄の原理、水・風が水銀の原理に対応し、
互いに相容れぬものとして対立しています。
さらにはこの硫黄・水銀の特徴として、
可燃性・昇華性、不揮発性・揮発性、男性原理・女性原理といった反対の性質を持っています。
燃焼過程の黒化(ニグレド)は「殺生」、
凝固過程の白化(アルベド)は「腐敗」に例えられ、
そして次の黄化(キトリニタス)は「復活」と言いまして、
その過程までたどり着くことによって、物質は「復活」する以前の異なる
本質をまったく失わず
かつまったく別の「
矛盾した物質」として存在させることができるそうな。
この過程の作業を追え、さらに赤化(ルベド)の過程にたどり着くのに成功すれば、
目指す賢者の石が得られるということらしいです。

 とにかく、ひとつ言えることは
賢者の石とは
相反したものが一致した、すごく矛盾した存在だったのです。
賢者の石が、別名「柔らかい石」と呼ばれる所以もそこにあります。

 錬金術師には、賢者の石を作り出すための知識・技術はもちろん、
人格的な鍛錬も必要とされたそうですが、
その根底にあるのは「
相反一致」という
魂・肉体、光・闇、善・悪、知性・感性、男・女といった
葛藤の結合、救済をすべきという思想があったようです。

 ですが、この世に不老不死や万物を黄金に変える技術が存在しないことが証明しているように、
けっきょく
賢者の石を作ることはできませんでした
つまり錬金術は間違った化学であり、
相反するものを同一化することも不可能だったのです。
科学技術が発達した現代でも、火に水をかければ火は消えちゃうのと同じことです。
それがこの世界の法則であり掟であるのだから、それは仕方ないことです。
錬金術は、こういったどうにもならない現象を
どうにかしたいと強く思ったことから始まったのかもしれませんね。

 なお、一見無意味に思える錬金術は
賢者の石をつくるために試行錯誤した結果、
蒸留・還元といったさまざまな化学技術を生み出し、
それによって化学進歩の飛躍的なスピードアップに貢献したことを付け加えておきます。



 結論:錬金術は成功しなかった。